■ 読書は、逃げ場所だった
自分って、ほんとに何もないな、って常々思う。
語れるような夢もないし、趣味もすごく浅い。SNSで「好きなものを語る」っていうのも、どこか自信がなくてうまくできない。
これといった趣味がないから本を読んでいる。それだけでアイデンティティが一つできたような気がする。
もちろん本から何かを得て変わることもあるだろうが、本を読んでいる人になれるからのほうが私の思いには近いだろう。
森見登美彦さんの小説には、こじらせた人たちがたくさん出てくる。
彼らは不器用で、空回りしていて、でも自分なりの哲学で日々をどうにかこうにか過ごしている。
今回はそんな登場人物たちに、少し憧れて、少しだけ嫉妬した私が選ぶ3冊を紹介したいと思う。
『太陽の塔』──部屋にこもって妄想してるのに、なんだかかっこいい
最初に紹介するのは、『太陽の塔』。
この作品の主人公は、元カノとの別れを引きずって、大学生活を部屋の中で過ごしている。留年して五回生だというのに講義にも行かない、ひたすら妄想して、現実から目をそらしている。
普通なら「ダメなやつ」で片づけられるような人なんだけど、読んでいるうちにだんだん「かっこよさ」すら感じてしまう。
彼の言葉には変な説得力があって、「現実から逃げる」という行為すら、自分なりの意志で選び取ってるように見える。
私も現実から目をそらすことが多いけど、こんなふうに堂々とはできない。
彼には、自分にない強さのようなものがある気がして、読んでて何度も「勝てないな」と思った。
四畳半神話大系』──やり直せるなら、過去じゃなくて自分を変えたい
次は『四畳半神話大系』。アニメ化もされて有名だけど、小説版もやっぱり面白い。
この作品の主人公は「もし大学入学のとき、別のサークルを選んでいたら…」という妄想を繰り返す。サークルが違えば、友達も恋も未来も、ぜんぶ変わっていたんじゃないか――そんなふうに思いながら、彼は同じような日常を何度も繰り返していく。
その気持ち、ちょっと分かる。
私も「別の選択肢を選んでいれば…」って思うことは何度もある。けど、結局それを変える勇気も行動力もなくて、もやもやしたまま今に至ってる。この物語のラスト、彼はようやく「変わる」のは世界じゃなくて、自分なんだってことに気づく。
そこがぐっとくるし、でも「それができたら苦労しないよな」とも思ってしまう。
自分のなかの弱さを見つめ直すような読後感だった。
『夜は短し歩けよ乙女』──誰かを好きになるのものすごく勇気がいる
最後に紹介するのは『夜は短し歩けよ乙女』。
この物語は、大学生の「先輩」が、後輩の「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せ、何とか接点を持とうとあれこれ奮闘する話。奇想天外な展開が続くけど、根っこにはずっと「好きな人に近づきたい」という、シンプルでまっすぐな感情がある。
正直に言うと、私にはこういう「一歩踏み出す勇気」がない。
好きな人がいても、何もできずに終わることが多い。
だから先輩の無茶な行動に笑いながらも、どこかでうらやましくてたまらなかった。
この作品を読んでから、恋愛って“自分をちょっとだけ変える物語”なのかもしれない、と思った。
先輩がそうだったように、誰かに近づこうとすることで、少しずつ世界の見え方が変わっていくのかもしれない。
私は“なれなかった”人たちを読む
森見登美彦さんの小説に出てくる登場人物たちは、どこかヘンテコで、まっすぐで、不器用だ。
でもその不器用さが、私のような“何にもなれなかった人間”にとって、少しだけ救いになる。
彼らのようには生きられない。けれど、だからこそ、何度も読んでしまう。
自分がなれなかった世界、自分じゃ見れなかった景色が、そこにはあるから。読書は、逃げ場じゃなくて、回り道かもしれない。